兵火で焼失って

四国お遍路の解説本を読んでいると、よく『天正の兵火』で焼失、後に再建された・・・という下りがあります.

なんとなくですよ、先の戦争、太平洋戦争の空襲で燃えたらなら仕方がない気がするのですが

だって、国と国の戦いですもの、、、

しかし、藩、今の県レベルの戦いで、大事な文化財を燃やしちゃいけないような・・・

当時は文化を壊す=征服ということだったのでしょうか?

宗教が抵抗勢力ということもあり、長宗我部元親が四国全土を統一する過程で数々の四国霊場で被害を受けたよです.